休眠は哺乳類が自然に備えた省エネ機構である。休眠の期間によって冬眠(数ヶ月)や日内休眠(数時間)とよばれ、休眠状態の動物は通常では障害を免れないほど少ない代謝で生きながらえる。個体の必要代謝を低下させるユニークな省エネ機構は、臨床を始めとして人間社会において様々な応用が期待されている。休眠は発生・成長・老化に至るライフサイクルや長寿にも影響を及ぼすと考えられているが、原理は全くわかっていない。そこで、BDRでは2019年よりQMIN (Quiescence Manipulation and Investigation of Natural-hypometabolism) プロジェクトを発足し、休眠現象を「解く」・「操る」・「作る」という3つ段階を経ることで、最終的に「休眠の理解」から「休眠の応用」までの橋渡しの実現を目指す。
テーマ
体温恒常性の変容
哺乳類は体温が外環境によらず一定に保たれる体温の恒常性を有している。環境温度が寒くなれば熱を産生し、暑くなれば放熱を行う。ところが、休眠状態の動物は平常時と比べてこの体温恒常性が変容し、著しい低代謝と低体温を呈することがわかっている。体温恒常性は脳の視床下部で制御されていることはわかっているが、休眠は中枢神経系からどのように制御を受けているのかわかっていない。そこで、休眠動物を使って中枢性の体温恒常性の制御機構を明らかにする。
外部環境への応答
休眠状態に入る条件は動物によって異なる。寒くなり冬になると冬眠に入るハムスターや、一定期間の飢餓が続くために日内休眠に入るマウスなど、その条件は多岐にわたる。いかなる休眠条件であっても、外気温・湿度・季節などの外環境を受容し、休眠に入るべきかどうか判断する必要があるが、動物がどのように外環境を検出し休眠に入るかどうかの判断に用いているかわかっていない。そこで、休眠動物の外環境センシングの仕組みや年周性と休眠の関係を明らかにする。
休眠のメディエーター
休眠動物の低代謝は全身性の現象である。このため中枢と末梢のオーケストレーションが不可欠であるが、両者を仲介している分子あるいは分子機構はまったくわかっていない。そこで全身に影響を及ぼしうる休眠メディエーターを休眠動物や休眠動物由来の細胞を用いて見出す。
末梢組織の低代謝
休眠現象は個体レベルの現象ではあるが、低代謝の実体は末梢組織にある。哺乳類の細胞は本来、過度の低体温や酸素消費量の低下により障害を受けるが、休眠中の組織は低温耐性や低代謝耐性を獲得しており、休眠現象の最大の謎と言える。そこで、休眠動物の組織や細胞を用いて低代謝耐性あるいは低温耐性のメカニズムを明らかにする。
個体代謝速度の変化
休眠への導入や休眠からの回復において個体の代謝速度は急激な変化を生じるが、生体はどのように順応しているのであろうか?虚血性疾患のような急激な代謝の低下だけではなく、虚血組織への血液再灌流のように急激な代謝の上昇も組織障害を呈することが知られている。そこで、休眠動物が個体代謝速度の変化へどのように対応しているのか明らかにする。